大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)4276号 判決 1988年3月30日
原告 久野博
<ほか七名>
右原告六名訴訟代理人弁護士 大橋光雄
同 仁井谷徹
被告 株式会社三輪商店
右代表者代表取締役 三輪知加子
右訴訟代理人弁護士 間狩昭
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 主位的請求の趣旨
1 被告会社の昭和五〇年一月二五日開催の定時株主総会における別紙商法改正による定款変更(案)の変更定款欄記載の決議は存在しないことを確認する。
2 被告会社の昭和六一年二月二一日開催の定時株主総会における三輪知加子、三輪欣二、井上房子、三輪陽子、和気義弘を取締役に選任する旨の決議が無効であることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 予備的請求の趣旨(主位的請求の趣旨2項につき)
被告会社の昭和六一年二月二一日開催の定時株主総会における三輪知加子、三輪欣二、井上房子、三輪陽子、和気義弘を取締役に選任する旨の決議を取消す。
三 主位的請求の趣旨及び予備的請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告会社は各種地金の販売等を目的とする株式会社であり、資本金額二二五万円、発行済株式総数四万五〇〇〇株(額面一株金五〇円)である。
2 原告らは左のとおり、被告会社の株式合計一万九五〇〇株(被告会社の発行済株式総数の四三・三パーセント)を所有する株主である。
久野博 四五〇〇株
久野和(右博の母) 一五〇〇株
斎藤昭子(右博の姉) 六〇〇〇株
久野博、久野順子(右博の妻)、久野昌樹(右博、順子の長男)、久野好浩(同二男)の四名共有 七五〇〇株
ちなみに、昭和五〇年一月二五日当時の原告らの株式数は
久野正雄 七五〇〇株
久野和 一五〇〇株
久野浩 一五〇〇株
斎藤昭子 六〇〇〇株
冨永宗治 三〇〇〇株
であった。
3 被告会社は昭和五〇年一月二五日定時株主総会(以下「本件一株主総会」という。)を開催し、別紙商法改正による定款変更(案)の変更定款欄記載の決議(以下「本件定款変更決議」という。)が行なわれたとして、その旨の定款を作成し、取締役選任につき累積投票によらないものとしている。
4 しかしながら、原告らは本件一株主総会の招集通知を受けたことはなく、また、右本件一株主総会において本件定款変更決議がなされた事実は存在しない。
5 原告らは、被告会社に対し、昭和六一年二月一二日到達の内容証明郵便により、商法二五六条の三に基づき、同年二月二一日開催の定時株主総会(以下「本件二株主総会」という。)において累積投票により取締役を選任すべき旨求めたにもかかわらず、被告会社は累積投票によることなく、三輪知加子、三輪欣二、井上房子、三輪陽子、和気義弘を取締役に選任する旨の決議(以下「本件取締役選任決議」という。)をなしたが、前項記載のとおり本件定款変更決議が存在しないのであるから、被告会社としては原告らの請求に基づき、累積投票により取締役選任決議をしなければならないのにかかわらず、原告らの請求を無視して累積投票によることなく本件取締役選任決議を行なったのであるから、同決議は商法二五六条の三に違反する無効の決議である。
6 仮に、本件取締役選任決議が無効でないとしても、前項記載の事実に照らせば決議方法に瑕疵があり、取消されるべきである。
よって、原告らは主位的に本件定款変更決議の不存在及び本件取締役選任決議の無効であることの確認を、予備的に本件取締役選任決議の取消を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項の事実は認める。
3 同3項の事実は認める。
4 同4項の事実は否認する。
後記主張のとおり、被告会社において昭和五〇年一月二五日本件一株主総会が開催され、本件定款変更決議がなされたものである。
5 同5項のうち原告らが、被告会社に対し、昭和六一年二月一二日到達の内容証明郵便により、商法二五六条の三に基づき、同年二月二一日開催の本件二株主総会において累積投票により取締役を選任すべき旨求めたこと、右本件二株主総会において累積投票によることなく本件取締役選任決議がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。
6 同6項の主張は争う。
三 抗弁
1 (本件定款変更決議の存在)
被告会社は、昭和五〇年一月二五日本件一株主総会を開催し、本件定款変更決議をした。
(一) 被告会社は、訴外亡三輪憲三が従前の個人営業を承継して昭和二三年一二月二四日設立したものであり、同人が代表取締役であった。
(二) 原告ら及び訴外久野正雄は、請求原因2項で原告らが主張するとり、被告会社の株式を合計一万九五〇〇株(四三・三パーセント)保有しており、また、右久野正雄の親族(以下「久野側」という。)のうち、訴外冨永宗治(久野正雄の妻の弟)が昭和三〇年六月に、久野正雄が同四二年一月にそれぞれ被告会社の取締役に就任しているが、これらの経緯は次のとおりである。
(1) 被告会社は、昭和二五年頃から久野正雄が代表取締役をしていた訴外旭製煉伸銅株式会社(以下「旭製煉」という。)の製品を継続的に買受け、訴外合資会社山中貞雄商店に製品を販売していたが、同三〇年に至り同商店が倒産したため、同商店からの売掛金の回収が不能となり、そのため被告会社は、旭製煉に対する買掛金債務の支払いが困難となり、旭製煉に対し支払猶予を求めた結果、買掛金を月々の分割払いとすること、被告会社の代表取締役であった三輪憲三の自宅(土地、建物)に担保権を設定する等の約定を旭製煉との間にとり交し、さらに同年六月旭製煉の取締役であった冨永宗治を非常勤の取締役として迎えることになった。
(2) 被告会社は、その後も旭製煉から資金援助を受けるなどしていたが、昭和四二年に至り旭製煉から、久野正雄自らを被告会社の取締役として就任させること、同四三年一月以降は同人と冨永宗治とに対し非常勤取締役として金二万円宛の報酬を支払うこと、被告会社の株式合計四万五〇〇〇株のうち一万九五〇〇株を無償譲渡することなどを要求され、被告会社において、三輪憲三にかわり同二九年頃から実質上被告会社の代表者として行動してきた三輪祥三がその温厚な事なかれ主義の性格に伴い、右要求を悉く容れたものである。
(三) 冨永宗治は、前記のとおり昭和三〇年六月に被告会社の取締役に就任し、同五三年一月に退任したが、この間同人は被告会社の運営等につき、旭製煉ないし久野側の代表又は代理として、週に二回、少ないときでも月に一回は被告会社を訪問して三輪祥三に会い、また、同人が商品仕入を兼ねて屡々旭製煉を訪れた際にも同人と接触し、これにより被告会社の運営等の重要事項につき、同人に了承を与える等してきた。
なお、右冨永宗治が被告会社の取締役を退任した後、原告久野博が被告会社の取締役に就任していたが、昭和五三年四月以降、従前の取締役冨永宗治のようには被告会社を訪れることもなく、被告会社の運営に関与することが全くなかったので、逆に三輪祥三は同人の妻と共に、盆と暮に挨拶のため久野正雄宅を訪れるときは、必ず被告会社の決算書類、議事録等を持参し、同人にこれを見せて了承を得、またその内容につき説明をもなすことを続けていた。
(四) 三輪憲三は、同四九年一月三〇日死亡し、その頃三輪祥三が被告会社の代表取締役に就任した。
(五) ところで、被告会社において、毎年一月に開催される定時株主総会は、被告会社の株式総数四万五〇〇〇株のうち、三輪祥三が二万五五〇〇株を、また久野正雄がその余の一万九五〇〇株を実質上差配していたため、冨永宗治が毎年一月頃被告会社を来訪した際に、その他の株主も全員出席したものとして取扱ったうえ、三輪祥三及び冨永宗治(久野側の代理人として)の両名で開催していたものであり、更に三輪祥三らが盆と暮に久野正雄宅を訪れた際、被告会社の決算書類、議事録等を持参して同人に了承を得てきたものである。
そして、本件一株主総会も右のような慣例にしたがい、同総会招集通知が各株主に対しなされたことに取扱ったうえ、冨永宗治が被告会社を来訪した昭和五〇年一月二五日に同人と三輪祥三の両名において、全株主が出席したものと取扱って開催し、本件定款変更決議を含む議案の決議がなされたものであり、また、同年七月下旬頃三輪祥三及び妻三輪陽子が久野正雄宅へ盆の挨拶のため訪問した際右総会議事録等を持参し、同人の閲覧に供したうえ、内容につき了承を得ている。
(六) 以上のとおり、本件一株主総会は全株主出席によるものとして適法に開催され、本件定款変更決議も適法に決議されたものである。
2 (本件取締役選任決議が有効であること)
被告会社は、昭和六一年二月二一日本件二株主総会を開催し、本件取締役選任決議をしたが、右決議は有効になされたものである。
(一) 前記1の(四)のとおり、三輪祥三が昭和四九年一月三〇日被告会社の代表取締役に就任していたが、同六〇年六月一三日死亡したため、その後同年七月二日開催の株主総会において三輪知加子及び三輪陽子が取締役に選任されて就任し、右株主総会終了後直ちに取締役会が開催され、右三輪知加子が代表取締役に選任された。
(二) 被告会社は、各取締役の任期が満了となるため昭和六一年二月五日に取締役会を開催し、第二号議案として定時株主総会開催の件を審議したが、同総会に提案する取締役候補者としては、久野正雄が取締役辞任の申出をしていたので、再任しないこととし、原告久野博については、後記詳述のとおり、同六〇年六月一四日以降の異常な言動を続けている事実やこれまでに被告会社へ種々多大な業務の損失を与えて、被告会社の取締役として商法二五四条ノ三所定の忠実義務どころか、著しい背信的言動を続けている事実に鑑みて、出席取締役五名のうち、原告久野博一名反対だけの、賛成多数の決議により、取締役候補者から除外した。
ところが、原告久野博外三名は同六一年二月一〇日付内容証明郵便により被告会社宛に取締役選任につき累積投票の方法によることと、取締役候補者として原告久野博・同久野順子(同久野博の妻)を推薦する旨を通知して来た。
同月二一日に開かれた被告会社定時株主総会(本件二株主総会)においては、第二号議案として取締役選任につき審議されたが、これに先立ち、右記累積投票によることの可否について議長の三輪知加子は本件一株主総会において本件定款変更決議がなされている旨したがって、累積投票によらない旨等説明したが、久野側の代表として出席した原告久野博が累積投票に基づき取締役選任決議を行なうよう主張したため、質疑を打切り議事を進行したい旨出席株主に諮ったところ、異議のない者の賛成多数により議事を進行することにした。ところが、原告久野博がなおも喧嘩腰に大声で発言等を続け、議長の指示に従わず威力をも示して暴言等に終始して議事進行を妨害したため退場騒ぎにまで発展したが、結局のところ同原告も決議に加わり、賛成多数により本件取締役選任決議がなされたものである。
(三) 前記のとおり被告会社は累積投票制度を排斥しているのであるから、原告らの累積投票によるべき旨の要求を否定して決議をなしたことは何ら違法、無効事由となるべきものではなく、右決議にはその他の違法、無効事由も存しない。
3 (権利の濫用)
以下述べる事実関係に照らし、原告らの本件請求は権利の濫用として棄却されるべきである。すなわち、
(一) 前記1の(二)記載のとおりの経緯で原告側が被告会社の取締役に就任し被告会社の株式を取得し、三輪憲三所有の自宅(土地、建物)に担保権を設定していたほか、右不動産の所有権を旭製煉名義に移転していたため、三輪祥三は、原告久野博にその返還を折衝したところ、原告久野博から、前記昭和三〇年代初頭に於ける被告会社の窮状を旭製煉が救った恩義をかさに着、かつ三輪祥三の温厚な事なかれ主義の性格につけこみ強引な要求を受け、次のような約定を成立させられた。
(1) 旭製煉は、名義を得ていた前記不動産を三輪祥三に対し売買名義で所有権を移転登記するものとし、同人から代金名義で金三二二一万九八二八円の支払をうける。
但し被告会社の旭製煉に対する預り金返還債権金七二一万九八二八円を右内金に充当する。
(2) 被告会社は、非常勤取締役報酬名義により、同五三年四月以降同六三年三月迄の間、久野正雄に対して月額金二三万円(税金等控除により実収約金二〇万円)宛を支払う。
(3) 右記被告会社による報酬名義支払金の担保として、三輪祥三個人は、久野正雄に対し、額面を各金二四〇万円・支払期日を同五四年以降同六三年迄毎年四月三〇日とする約束手形計一〇通を振出し交付する。
(4) 被告会社は、原告久野博に対する非常勤取締役報酬として月額金二万円を支払う。
ちなみに、
(1) 同時点に於いて、被告会社は、旭製煉に対して債務はなく、逆に被告会社が取引預り金名義による金七二一万九八二八円の債権を有していたものであり、
(2) したがって右記不動産は、担保として名義変更されたものであるから、被担保債権が消滅すれば当然名義変更に応ずるべきであるのにかゝわらず(同五二年一二月迄の利息名義による金員等を支払い終えたときに履行する約定でもあった)、これをなさず、金二五〇〇万円(前記記載の、金三二二一万九八二八円から金七二一万九八二八円を減じたもの)を三輪祥三に支払わせて、久野正雄が不当利得したものであり、
(3) それ迄の間に於いても利息等の名義により、本来の利息以外の金員を旭製煉等が不当利得し、
(4) 被告会社は、銅板・真鍮板類の仕入につき、それ迄は徳義により旭製煉以外から買受けず、したがって長期間にわたる買受につき、旭製煉は莫大な利益をえたものである。
そして、三輪祥三は、前記(1)の約定を履行するために、個人として金融機関より借入等をして金二五〇〇万円を捻出し、旭製煉に支払をなした。
(二) 前記2の(一)記載のとおり、三輪祥三が昭和六〇年六月一三日死亡したが、原告久野博は、通夜に出席した際、三輪欣二(三輪祥三の実弟で、被告会社専務取締役)に対し、「後任の代表取締役を早く決めろ。」「親戚(取締役である者)がいるこの場で取締役会を開こう。」等と要求したり、その後も三輪知加子(三輪祥三の長女・現被告会社代表者・当時被告会社々員)に対し、執拗に取締役会の開催を要求し、また、原告久野博は、同年六月二三日に三輪知加子を訪れ、「覚書」と称する書面を渡し、同人が被告会社の代表取締役になることと、前記担保のために振出している約束手形一〇通(額面合計二四〇〇万円)につき、すでに支払済のものを含め全部について、三輪知加子が裏書をする等の、諸条件を要求した。
(三) 更に、原告久野博は、同年七月二日に被告会社の取締役会が開れた席で、「本日株主総会を開こう」と提案し、その場で株主総会を開催し三輪知加子と三輪陽子の各取締役就任を決め、さらにその終了後取締役会を開いて三輪知加子を代表取締役に選任した(したがって同日の右各選任は適法になされたものである。)が、後日、三輪知加子が原告久野博に右取締役会及び臨時株主会の各議事録への押印を求めるや同原告は、前記(二)項の要求を繰り返し、これを拒否されると、右各議事録への押印を拒否し、更には株主総会を開き直すように要求するなど、種々難癖をつけた。
(四) 原告久野博は、その他、必要もないのに株券の分割を要求するなど被告会社に対し、種々嫌がらせ行為を継続し、種々多大な業務の障害と損失を与えた。
四 抗弁に対する原告らの認否及び反論
1
(一) 抗弁1項の(一)の事実を認める。
(二) 同項の(二)の事実中、原告ら及び久野正雄が、被告会社の株式を合計一万九五〇〇株(四三・三パーセント)保有していたこと、冨永宗治及び久野正雄が被告会社の取締役に就任したことは認める。
(三) 同項の(三)の事実中、冨永宗治が被告会社の取締役に就任し、昭和五三年一月に退任したこと、同人が被告会社の取締役を退任した後、原告久野博が被告会社の取締役に就任したことは認める。
(四) 同項の(四)の事実を認める。
(五) 同項の(五)の事実同項の(六)の主張は争う。
2
(一) 抗弁2項の(一)の事実は認めるが、同項記載の株主総会の招集手続、議事運営の方法等に疑義があったので、取締役である原告久野博は、右総会議事録に押捺せず、かつ三輪知加子に抗議したのである。
(二) 同項の(二)のうち、原告らが同六一年二月一〇日付書留内容証明郵便書面で、被告会社に対し取締役選任につき累積投票の方法によること、取締役候補者として原告久野博、同久野順子を推薦する旨通知したこと、本件二株主総会において累積投票によることなく本件取締役選任決議がなされたことの各事実は認めるが、その余の事実は争う。
(三) 同項の(三)の主張は争う。
3 抗弁3項は争う。
4 本件定款変更決議が存在しないことは次の事実から明らかである。
(一) 定款変更決議は株式の三分の二の多数がなければ成立しえないところ、原告側は四三・三パーセントの株式を所有していたのであるから、原告側が本件定款変更決議がなされることを知り得たならば同決議を阻止しえたことが明らかである。
(二) 原告久野博は、昭和五三年取締役に就任しているが、右就任に先だち、被告会社の組織活動の根本規則を知悉しておく必要があったため特に要求して三輪祥三から同年一月二〇日定款の写し(甲第五号証)の交付を受けたが、同定款をみると何らの定款変更もなされていないことが明らかである。
(三) また、原告久野博は、昭和六〇年七月一八日被告会社本店において三輪知加子から定款の写しの交付を受けたが、同定款によっても定款変更がなされていないことが明らかである。
(四) さらに、原告久野博が昭和六〇年九月一一日三輪知加子から受取った定款の写しによれば、累積投票は排除されているが、同定款は同六〇年七月三一日付であり、この事実からしても本件定款変更決議が存在しないことは明らかである。本件定款変更決議は、累積投票が問題となった同六〇年七月一八日以降何らの権限なくして勝手に認印を押捺して作成された無効のものである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、2項の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件一株主総会及び本件定款変更決議の存否について
請求原因3項及び抗弁1項の(一)の各事実、同項の(二)の事実中、原告ら及び久野正雄が被告会社の株式を合計一万九五〇〇株(四三・三パーセント)保有していたこと、冨永宗治及び久野正雄が被告会社の取締役に就任したこと、同項の(三)の事実中、冨永宗治が被告会社の取締役に就任し、昭和五三年一月に退任したこと、同人が被告会社の取締役を退任した後、原告久野博が被告会社の取締役に就任したこと、同項の(四)の事実は当事者間に争いがなく、これと前項記載の当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。
1 被告会社は各種地金の販売等を目的とする株式会社であるが、三輪憲三が従前の個人営業を承継して昭和二三年一二月二四日設立したものであり、資本金額二二五万円、発行済株式総数四万五〇〇〇株(額面一株金五〇円)で、株主や役員はいずれも同人の親族で構成される同族会社であった。
2 被告会社は、久野正雄が代表取締役をしていた旭製煉の製品を継続的に買受け、訴外合資会社山中貞雄商店に製品を販売していたが、昭和三〇年に至り同商店が倒産したため、同商店からの売掛金の回収が不能となり、そのため被告会社は、旭製煉に対する買掛金債務の支払いが困難となり、旭製煉に対し支払猶予を求めた結果、右債務については分割払いとすること、被告会社の代表取締役であった三輪憲三所有の自宅に担保権を設定すること等の約定を旭製煉との間にとり交わし、さらに、同年六月から旭製煉の取締役であった冨永宗治を旭製煉又は久野側の代表として被告会社の非常勤取締役として迎えることになった。そして被告会社は、その後も旭製煉から資金援助を受けるなどしていたが、同四二年に至り、久野正雄の要求に基づき、被告会社の株式のうち一万九五〇〇株を久野側に無償譲渡し、冨永宗治とともに久野正雄も取締役に就任させることになった。
その結果、久野側の株主構成は、
久野正雄 七五〇〇株
原告久野和 一五〇〇株
原告久野博 一五〇〇株
原告斎藤昭子 六〇〇〇株
冨永宗治 三〇〇〇株
となったが、久野正雄以外の者については、いわゆる名義株というべきか否かはさて措くとしても、実質上は久野正雄が差配しているというべきものであった。
3 右冨永宗治が被告会社の取締役となった同三〇年以降、同人が取締役を辞任した同五三年一月までの間、冨永宗治は旭製煉ないしは久野側の代表として、少くとも一か月に一回以上被告会社を訪問し、すでに、実質上被告会社を差配していた三輪祥三から被告会社の運営等について説明を受け、重要事項については同人に了承を与えてきたし、三輪祥三は同人の妻と共に盆と暮に挨拶のため久野正雄宅を訪れるときは被告会社の決算書類、株主総会議事録等を持参し、同人にこれを見せて了承を得てきた。
4 三輪憲三は同四九年一月三〇日死亡し、その頃三輪祥三が被告会社の代表取締役に就任した。
5 ところで、被告会社において、毎年一月に開催される定時株主総会は、冨永宗治が毎年一月二五日頃被告会社を来訪した際に、その他の株主も全員出席したものとして取扱ったうえ、三輪祥三及び冨永宗治の両名で開催したことにし、山田会計事務所に議事録の作成を依頼して決議事項を記載させる方法によって株主総会の決議をなしたことにし、必要な登記手続を経由してきたものであり、したがって、株主総会招集通知を他の株主に対しなしたことはなく、また、右両名以外の株主が株主総会に出席したこともなかった。
そして、前記3に認定のとおり、三輪祥三らが久野正雄宅を訪問した際には、株主総会議事録を持参して、同人の了承を得てきたし、また被告会社は、株主総会議事録を作成する場合株主総会議事録中の取締役欄の名下に久野正雄及び冨永宗治に直接押捺して貰ったこともあったが、ほとんどの場合被告会社において久野正雄及び冨永宗治の承諾を得て購入、保管してあった同人らの印鑑を使用して押捺し、株主総会議事録を作成してきたものである。
このようにして、本件一株主総会も右と同様、冨永宗治が被告会社を来訪した昭和五〇年一月二五日、三輪祥三と冨永宗治の両名において、全株主が出席したものと取扱って開催し、別紙商法改正による定款変更(案)に基づき本件定款変更決議がなされたこととし、その旨株主総会議事録が作成されたものであり、その後、三輪祥三は久野正雄に対し、右株主総会議事録の内容につき了承を得た。
6 ところで、被告会社において、本件定款変更決議をなすに至った経緯は、被告会社がその顧問であった山田公認会計士事務所から、昭和四九年四月二日法律第二一号(改正商法)附則第五号に伴い、会計士協会の定款変更案に基づき定款変更すべく指導を受け、これに基づき、本件定款変更決議をしたにすぎないものである。
以上の事実が認められ(る)。《証拠判断省略》
7 ところで、商法が、二三一条以下の規定により株主総会を招集するためには招集権者による招集の手続を経ることが必要であるとしている趣旨は、全株主に対し、会議体としての機関である株主総会の開催と会議の目的たる事項を知らせることによって、これに対する出席の機会を与えるとともにその議事及び議決に参加するための準備の機会を与えることを目的とするものであるから、招集権者による株主総会の招集の手続を欠く場合であっても、株主全員がその開催に同意して出席したいわゆる全員出席総会において、株主総会の権限に属する事項につき決議したときには、右決議は有効に成立するものというべきであり、また、株主の作成にかかる委任状に基づいて選任された代理人が出席することにより株主全員が出席したこととなる右総会において決議がされたときには、右株主が会議の目的たる事項を了知して委任状を作成したものであり、かつ、当該決議が右会議の目的たる事項の範囲内のものである限り、右決議は、有効に成立するものと解される(最高裁判所昭和六〇年一二月二〇日第二小法廷判決・民集三九巻八号一八六九頁、同昭和四六年六月二四日第一小法廷判決・民集二五巻四号五九六頁参照)。
そして、この理をさらにすすめると、少人数の同族株主からなる閉鎖的会社やこれに類似する会社において、株主の全員が株主総会の特定の決議事項について同意し、かつ、その同意されたところを株主総会の決議とすることに異議のない場合や更に、実質的にある一定の者に株主総会の決議事項について包括的に委任し、これによって株主の全員が同意されたとみなされる等の特段の事情が認められる場合には、右の同意されたところにおいて株主総会の決議が成立するものと解するのが相当である。この場合、招集手続欠如の点は株主の全員がそれに関する利益を放棄していると考えられるし、株主の全員が異議を述べていない場合や包括的に委任している場合にも、看過することのできない手続違背と評することはむしろ事の実体にそぐわないというべきである。
これを本件についてみるに、前記認定事実によると、被告会社は、亡三輪憲三の親族で構成される同族会社として設立されたものであり、昭和三〇年頃以降は久野側から冨永宗治が取締役に就任し、また、同四二年に久野側が被告会社の株主となり、久野正雄が実質的にはその唯一の株主ともいうべき地位にあり、他名義の株主の意向は表面に出ることはなく、久野正雄自らは被告会社を実質的に差配していた三輪祥三らが久野正雄を訪れ、帳簿、議事録を示した以外は被告会社を訪れてまで直接指揮をとることになかったのであるから、直接には冨永宗治に委任し、被告会社の業務等に関し、久野側の株主全員につき冨永宗治にその権限を包括的に委任していたと認められること、被告会社は、同五三年頃までは、商法の規定に従って株主総会を開催したことはないが、被告会社を実質上差配していた三輪祥三と富永宗治との間で実質上株主総会の決議事項を決定し、更には三輪祥三らが久野正雄宅を年二回訪れ、株主総会議事録を交付し、ときには久野正雄らが直接議事録に押捺したことがあるものの、ほとんどは被告会社において備えてあった久野正雄らの印鑑を使用して株主総会議事録を作成してきたが(したがって、その際作成された同議事録は真正に成立したものと認められる。)、その間、久野側から異議を述べられたことがないこと、本件一株主総会に関しても右と全く同様の形式がとられ、本件定款変更決議がなされたことが認められる(したがって、乙第一号証の株主総会議事録も真正に成立したものと認められる。)。
そうすると、本件一株主総会は有効に成立し、したがって、本件定款変更決議も有効に決議されたものということができる。
右の点につき、《証拠省略》中には、原告久野博は本件定款変更決議をなすことに対し異議を述べた旨及び定款変更の決議がなされていないかどうかを確認するために同五三年頃定款の写しを被告会社に求め、交付を受けた旨の部分があり、また、そのとき交付を受けたとする定款の写には定款が変更された旨の記載がないことが認められるが、前掲各証拠によれば、当時三輪祥三が本件定款変更決議をしようとする意図を有するに至ったのは、単に顧問である公認会計士事務所から定款変更すべく指導を受けてなされたものであり、したがって、その意味も充分理解しないままに、只指導された内容に基づき決議しようとしたにすぎないのであるから、債権者であり、被告会社が倒産の危機に瀕した際、多少の無理難題を押しつけられたとはいえ援助を受け、その意向には逆らえない状況にあった被告会社が、久野側から本件定款変更決議に反対の意を表明されたならば、これを無視してまで決議に及ばなかったであろうと容易に推認しうるところであり、このことに照らせば、原告久野博が本件定款変更決議をなすことに対し異議を述べた旨の部分は直ちに措信しえない。
結局、本件一株主総会は有効に成立し、本件定款変更決議も有効に決議されたものである。
三 本件二株主総会及び本件取締役選任決議について
1 請求原因5項の事実、抗弁2項の(一)の事実、同項の(二)の事実中、原告らが、被告会社に対し、昭和六一年二月一二日到達の内容証明郵便により、商法二五六条の三に基づき、同年二月二一日開催の本件二株主総会において累積投票により取締役を選任すべく求めたこと、右本件二株主総会において累積投票によることなく本件取締役選任決議がなされたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、抗弁2項のその余の各事実(原告久野博が決議に加わったことを除く。)を認めることができる。
2 そうすると、前記二で認定したとおり、本件定款変更決議が有効である以上、本件取締役選任決議において累積投票制度によらなかったのは被告会社としては当然の措置であって、右取締役選任決議に何ら無効事由又は取消事由があるものとは認められない。
したがって、右の点に関する原告らの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がない。
四 以上の次第であって、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小北陽三 裁判官 佐野正幸 鳥羽耕一)
<以下省略>